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やっぺし通信!vol.4

2016年11月6日

 第4回 田島 俊子さん

平成28年10月18日(火)さくらホールにて
 
今回は『北芸の会』で演劇活動をされている田島 俊子さんです。
田島さんは第1回から役者・スタッフとして北上市民劇場に参加されています。
第9回からは企画委員として、また、後半の十数年は衣装係として活躍されました。
 
学生の頃から演劇が好きでしたが、勤め先であった幼稚園、保育園で子供たちの発表会を作り上げていく中で、その思いを強くし、第1回北上市民劇場の募集があったとき、迷わず応募したそうです。中でも思い出深い役についてお聞きしました。
第2回北上市民劇場『天保の風花』の遊女役。セリフは無く、ただ歩くだけ。動きや衣装のみで表現しなければならず、とても難しかった。自身で派手な着物を持ち込み、動きを工夫し、やりがいがありました。
衣装係での苦労話などもお聞きしたのですが、田島さんはこれからの、今の北上市民劇場についての思いを熱く語られました。北上市民劇場が好きだからこその言葉をいただきました。
北上市民劇場の原点には「四つのねがい」があります。また、今では歌われなくなりましたが「市民劇場のうた」もあります。これをふまえて、なぜ市民劇場なのか今一度考えて欲しい。芝居を作るにあたり基本的なこと…時代考証・舞台となる地域、子孫への挨拶・お参り等おろそかにしないで欲しい。
 
☆☆「四つのねがい」☆☆

1.     すべて市民の手づくりの舞台としたいこと

2.     より多くの市民の参加を求めたいこと

3.     各ジャンルを可能な限りひとつに集約したものにしたいこと

4.     作品の素材を北上の豊かな歴史と民話に求めたいこと

 
この「したい」という表現には、絶対こうしなければならないという押し付けではなく、北上市民劇場として末永く続けていって欲しいという思いが込められています。ただやりたい芝居を作るのならこの場でなくともできます。40周年を迎えるに当たり、やっぺしとしてきちんと取り組まなければならないという思いを強くしました。
この時期にしてはとても暖かい日、お話を聞かせていただきありがとうございました。

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やっぺし通信!vol.3

2016年9月3日

 第3回 川杉 雅江さん

平成28年8月21日(日)さくらホールにて
 
川杉 雅江さんは美術として北上市民劇場に関わってきた方です。装置、背景のみならずポスター・チラシ・パンフレットの絵も描いています。
北上在住の画家なので、作品を通じてご存知の方も多いかと思います。
 
☆中央美術協会による「中美展」五十周年記念賞
☆「安田火災美術財団奨励賞」特別賞
☆「利根山光人記念大賞展ビエンナーレ・きたかみ」大賞
 
など、北国や花への想いあふれる静かで、そして躍動的な作品で受賞歴が多数ある方です。
その中でも、印象に残っている鹿踊りをモチーフにした作品について伺いました。
見たまま描いたのでは全く動きが出ない。止まっているそのものになってしまう。子供の頃から慣れ親しんでいるので、目を閉じても心の奥底に心象として残っている。そのものを描いている。とのことでした。
絵を描き始めたのは、中学の時。そんな川杉さんと北上市民劇場との出会いは、「美樹会」で知り合った千田国男さんに誘われたことでした。
(※「美樹会」とは、昭和45年展勝地に建設された「藤原八弥美術館」で行われた、絵画教室の教え子を中心として設立された画家の会です。)
 
今まで描いた中で一番大きなものは、巾9間もある山でした。小さく描いて拡大するのかと思いきや、素材に直接描いていくのです。細部には筆を使いますが、ローラーで大きくタッチを入れていきます。
さぞかし大変だったのではとの問いに「今まで13回以上手がけてきたが、とにかく楽しかった。楽しかったの一言ね。」とおっしゃった笑顔がとても印象的でした。
 
北上市民劇場については「市民自身で作り上げること」を忘れないで欲しいとの言葉をいただきました。
来年のお正月には、お兄さんとの二人展を、ギャラリーボイスで予定しているそうです。
詳しいことが決まりましたら、改めてご案内いたします。

本日もお忙しいところお時間をいただき、ありがとうございました。

次号もお楽しみに!

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やっぺし通信!vol.2

2016年8月3日

 第2回 高舘 博人さん

平成28年7月11日(月)市内 高舘 博人さん宅にて
 
☆彡☆彡人物紹介☆彡☆彡
高舘 博人さんは来年30年を迎える「北上川に鯉のぼりを泳がせる会」の会長です。毎年春の「北上展勝地さくらまつり」にあわせ、北上川珊瑚橋下流に約3百匹の鯉のぼりを掲揚しています。子供達の健やかな成長を願うと共に、北上市の観光に役立てたいとの思いが込められています。前会長の「人がいねえがら、スケデけろや。」の一言から手伝いが始まったそうです。
第8回北上市民劇場「川霧も晴れて-橋かけ徳次郎-」から、建築会社代表である自身の腕を生かし、大道具として20年以上にわたり活躍された方です。
 
☆☆☆インタビュー☆☆☆
北上市民劇場に関わったキッカケは、原作の阿部 剛さんから「地元、立花の話だからスケデけろや。」の言葉だった。そして、主役の徳次郎さんがひいおじいさんだった事も縁を感じた。
この公演では、実際に昔引いた図面をもとに橋を作り、観客をビックリ仰天させた。大きなセットだったので、市民会館大ホールの舞台上で組み上げた。今まで作った中で一番の大きさだった。人が乗ってもびくともしない丈夫さ、丸太に見せるための細工など、目に見えないところにこそ気合を入れた。この他にも第20回北上市民劇場「蘇る艜-川岸の船頭・清五郎ものがたり-」では艜(ひらたぶね)を作り上げた。
宮城県涌谷町にて行われた初の移動公演である第22回北上市民劇場「野の聖」では、一回り小さなセットを作り直した。前日の搬入時にぎっくり腰を患い、公演時には座ったままで指示のみしていた。
 
インタビュー中ひとつ気になっていることを聞かれた。「人形って今もある?」思わず、これは夏によくある話かと身構えた。
詳しく聞くと、それは洋風の人形で道具屋さん作ったケースに祀ってある筈だという。昔、小道具か何かで作ったもので、いつの間にか道具の部屋にあった。せっかくだからと、道具屋さんがケースを作った。公演の度にお神酒を供え、市民劇場の成功を祈っていた。
「さくらホールに一緒に引っ越したはずなんだがなぁ。」しかし今は、中ホールの奈落、二階倉庫、地下倉庫何処にもない。もし、お心当たりのある方は、やっぺしまでご一報いただけると幸いです。(道具担当者より)
 
最後に北上市民劇場に対する思いを伺った。
今はほとんど観に行くことは無い。しかし、長く続けて欲しい思いはある。
「長く続けるには?」との問いに、「北上市民劇場」「北上川に鯉のぼりを泳がせる会」どちらも自然に集まってきたんだよなぁ。と当たり前のことのように話された言葉が、高舘さんのお人柄を表していると感じた。前回と同様に人とのつながりを再認識させられた。
 
1時間以上にわたりお時間をいただき、ありがとうございました。
次号もお楽しみに!

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やっぺし通信!vol.1

2016年7月4日

 北上市民劇場は今年度で、第40回目を迎えます。これにあたりいつもよりPRに力を入れる為、古くから関わった方々からお話を伺い、さくらホールPRESSに毎月掲載していきます。

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皆様、突然のお電話にも関わらず、快くお話を聞かせて頂き誠にありがとうございました。この場をお借りして御礼申し上げます。
さくらホールPRESSでは紙面に限りがあるため、掲載しきれなかったお話を改めてご紹介いたします。
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第1回 川村 盛男さん
 
平成28年6月16日(木)市内 川村 盛男さん宅にて
 
☆彡☆人物紹介☆彡☆
川村 盛男さんは第11回北上市民劇場「牡丹と石笛 -日高見国黒沢尻五郎正任―」からキャスト・企画委員・実行委員・実行委員会副委員長として、ご自身の人脈と抜群の行動力で、北上市民劇場をけん引されてきた方です。
 
-今回、やっぺし通信を掲載するにあたり、市民劇場に関わったキッカケやご自身の思い出話等、沢山のお話をいただきました-
 
☆☆☆インタビュー☆☆☆
始めは知り合いからチケットを購入して観劇。その数年後に「時間があるなら…」と、当時演出をしていた千田国男さん宅に招かれ、脚本をポンと渡され、セリフを読まされ、気づけば出演が決定していた。
1ページある長セリフもあった。「必死に繰り返し稽古することによって、覚えられるものですね。」と振り返る。
その年はメインのキャストが初心者ばかり。ベテランはしっかり脇を固めていた。これからの人を育てていこうとの思いからであった。
また上演するにあたり、現地まわりにも行った。これは作品の舞台となった土地の空気を感じるためや、お参りをするため等理由はいろいろあるが、一番の理由は皆で心を一つにするためであった。
 
第22回北上市民劇場「野の聖」は宮城県涌谷町にて初の移動公演。この時スタッフとして前日から作業を行う。3月とはいえとても暖かい日ではあったが、公演も終盤に入った頃から急に辺りが暗くなり、雪が降り始めた。公演後にはすっかり雪景色となっていた。「慶念坊(江戸後期-明治時代の僧、この回の登場人物)が降らせたのか?」と皆で笑いながら語りあったことも思い出だ。
 
公演後には毎回アンケートを取っていたが、いつも皆で奪い合うように夢中になって目を通していた。その中でも印象に残っていたのは、第14回北上市民劇場で公演した「ぐず兄 ずる兄 たんぱら三郎 -更木民話より-」のアンケートだった。
「背景の山が今の物だ。昔のとは違う。」などや、「干してある大根…昔は青首大根なんか無い。」といったもの。
一見細かいと思ったのだが、こういう意見ほどありがたいものは無い。作り手としては、「面白かった」という反応より、何処がどうだったか、どんなに細かいことでも言葉にしてくれることの大切さを感じることができた。
 
「冷たいおにぎりとペットボトルのお茶では力が出ない。贅沢なものでなくともいいから温かいものを食べさせたい。」という思いで奔走して器具を揃え、稽古に励む出演者に料理を振舞ったこともあった
 
他にも、公演中に思わず「ストップ!」と、昔には無いこのセリフがこぼれてしまった事など、当時を振り返りながら笑って話していただいたり、川村さんのお話はまだまだありましたが、今回は特に印象に残った部分を抜粋して掲載させて頂きました。
1時間以上にわたりお時間をいただき、ありがとうございました。
 
次号もお楽しみに!

 

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